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そっちは確か、何にもない侘しいばかりな原っぱの入口辺りにて。黄昏迫る寂寥感に満ちた中、神社までの一本道を通る人へ向かって、心細い声で話しかけてくる奴がいるらしい…との噂話に始まり。同じころに頻発していた、刀が目当ての乱暴な押し込み強盗の話とも縁(ゆかり)のあった捕物話が、そういや数年前にもあったような………と。かざぐるまの女将が思い起こしていた丁度同じころ、
「お懐かしい話ですよねぇ。」
どこか遠い眸をして当事を思い出している人物が一人、すっかりといい気候になりつつある日和の下、みずみずしい緑あふれる薬草園を庭の矢来垣の向こうへ眺めつつ、何ともしみじみしたお声を出しており。
「遠い眸を…と言われましても、私、目ん玉ありませんが。」
「?? 誰と話してるんだ? お前。」
往診かたがた、昼ご飯を食べにと出掛けているチョッパーせんせえを待ってのお留守番。藩が運営している療養所にて、もう一人おいでの老せんせえの代理として、来客のお相手をしていたのは。新米の見習いという扱いになっている、ブルックという渡来人。実はとある事情があってのこと、既に亡くなっている存在、その身も骸骨…という、奇天烈な身だったりしたもんで。その“事情”とやらもすっかりと片付いている今、別段、誰かを恨むの呪うのという存在ではないのではあるけれど。……これから迎える夏場の夕涼みに向いてそうな、ちょっと恐ろしくもあるそんな風貌を誰彼かまわずあらわにするのは、さすがに問題がなくもなく。殊に、病いのせいで気が弱ってる入院患者には、心臓に悪いわ、お迎えが来たとの誤解を招きかねないわ、悪い意味での影響力も甚大かも知れず。(…苦笑) そんなこんなから、素顔を晒すのはやはりよろしくなかろということで。筒袖になった作務衣の上下のみならず、こちらも真っ白い頭巾や割烹着風の前掛けやら、ご丁寧には手套まで装備しての全身を完全防備したその上。実は海の向こうの国から来た渡来人だということで、事情を知るみんなで話を合わせておいでの彼こそは。数年前の“置いてけ伝説”の主役だったご当人でもあって。
「ですが今回の噂とやらは、わたしにも覚えがありませんねぇ。」
診療所もまた、診察を待つ間の人々が居合わせる待ち合い所が、床屋や湯屋のように噂話の花が咲く場になりやすく。そんな関係からあんまり外へは出掛けぬ彼へまで、巷で広まっている“置いてけ堀”の話は届いていたらしかったが、
「何せ、私がこのような有り様で目覚めたのはここ最近の話。
なので、幽霊だの物の怪だのを感知する力も、
果たしてあるんだかどうなんだか。」
事情を最も知っている相手との対面なのでと、口許を覆っていた口蓋布(ますく)も取り去っての、のんびりとお茶をすすっておいでの彼としては。心当たりはないかと言われても…と、正直なところを答えたのだが、
「え〜〜〜? お仲間みたいなもんじゃないのか?」
「いや、私、確かに体は死んでおりますが、
魂だけは まだ現世の存在ですんで。」
「???」
おいおい。(苦笑) いろんな意味から失敬千万な言いようをするのは、その摩訶不思議な噂が特に頻発している区域を預かっている町方の親分さんで。まだまだ幼い風情の色濃いすべらかな頬をした真ん丸な童顔に、伸び盛りながら 今はまだひょろっとした腕脚をした彼こそは。赤い格子柄の着物の背中へと提げている麦ワラ帽子が目印の、麦ワラの親分こと ルフィ親分というお人。相手をする存在はほぼ“罪人”とはいえ、人を取っ捕まえるような重責ある務めへは、まだまだ幼いが故の危なげな言動も多々あれど。悪魔の実を食べて得たらしい特殊な能力とそれから、真っ直ぐな心根とがあればこそ。誰に訊いても頼もしい親分さんだよと、推されてやまぬ大人物。時たま勢い余ってのこと、周辺に居合わせた(?)家屋や建造物などなどを、力に任せて叩き壊してしまうこともあるけれど。そこへは…周辺の皆様も手伝ってくれの、藩主コブラ様の手当てもこそりと当てられのし、きちんと再建できるから問題はないままに、元気もいいが怪我だけはするまいよと、温かく見守られておいでだとのお話で。
「それは言い過ぎだぞ。/////////」(笑)
そんな破天荒な親分ゆえに、これまでにも様々に、もしかして管轄からは大きく振りかぶって、もとえ…大きく逸れてるような事件へも、ついうっかりと首を突っ込んでたりなさることがあり。お武家同士の覇権争いや、若しくはお武家ならではな相続争い、いわゆる“お家騒動”といったものに巻き込まれたり。はたまた、城下を騒がす押し込み一味へ賄賂(まいない)目当てに武家がこそりと一枚咬んでたというような事態に、それとは知らず手をつけていたということも数知れず。この…風変わりにも程がある、実は骨だけの身というブルックさんとも、そんなややこしい騒動へと根を据えていた事態だとも知らず、野っ原で野ざらしになりかけていたところを拾って差し上げた仲だったりし。…って、そちらの詳細は、是非とも『刀と されこうべ』をお読みいただきたく。
「そっか。
よく判んねぇけど、噂の“置いてけ堀”には覚えがないか。」
ルフィとて、骸骨だからお化け方面には造詣が深かろうとかどうとか、そんな安直なことだけ思って彼を訪ねた訳じゃあなくて。術にて封印がなされての、それは長い間眠っていたらしき彼だが、そもそもの実年令も結構な大人だったらしく。しかも、武家として必要なこと以外にも何かと詳しい御仁ゆえ、医局の助手がちゃんと勤まっているだけの知識をアテにして…というのもあったのだけれど。
「そういやチョッパーが、
ブルックは物の怪やお化けは苦手だって言ってたしな。」
「ええもう、
あまりにおっかないお話は
聞いただけで身の毛がよだってしまいます。」
あ、でも私、髪の毛以外の身の毛はないんですがと。馬鹿丁寧に自分の発言への突っ込みを入れてから、
「そうですね、
もしもそういう手合いを察知する能力があったらあったで、
気づいたその途端に逃げ出すのがオチかも知れません。」
はっはっは〜とお気楽に笑っているくらいなので、どこまでホントかは今のところは不明の段階。そも、彼がこの診療所から外へとあまり出掛けないのは、総身が骨という身の上なので犬や猫に齧りつかれる恐れがあるからだ…ということになっているが。それだとて、どこまで本当なのだろか。実はネズミは醍醐(ちーず)より肉や魚が好きだそうだし、それと同じで、犬猫だって骨より身のほうが好きに違いないから。物資が豊かなこのご城下では、わざわざ骨を齧りに来るよな酔狂なわんこなんていないんじゃなかろかとは、動物の言葉も判るチョッパーせんせえのご意見で。
“…ま、無理強いとかする気はないんだけどよ。”
見舞いの客やら、ほぼ毎日 適度な運動をする必要があるからとやって来るお年寄りなぞが、お茶受けにしてよと持ち寄る菓子が必ずあるのを“どうぞ”と出され。遠慮なくいただいての、もふもふと頬を真ん丸に膨らませていた親分さん。少し冷ましたお茶をずずずっと啜って、やっぱ蛍屋の玉子まんじゅうはサイコーだよなと、何とも平和なご感想を述べてから、
「…………そいでサ。」
ふと。急に声を低めたのは、内緒の話を訊きたい彼だからだろう。あまりに判りやすい態度の変わりようへこそ、ブルックさんとしては…可愛いなぁと思ってのこと、内心で“ぷくくvv”と苦笑をしつつ。……つか、実際に微笑ったとて、判りにくいお顔なので気づかれやしなかろと思うのだけれど。(あはは) 一応はこちらも秘密裏な話らしいという態度を合わせ、何でしょうかと姿勢を正して続くお言葉を待ってあげれば、
「…こないだ、あのその。
…………なんか、その。
頬だか でこだか切られたってのを
此処まで運び込まれたそうじゃねぇか。」
「……………………? はい?
………あ・ああ、はいはい。
たまたま通りすがったという
夜鳴きソバ屋さんが担ぎ込む格好で、
あちこちお召し物にもかぎ裂き作ったお坊さん。
ゾロさん、でしたか?
こちらへおいでになりましたよ?」
何せお顔に滴る血でしたので、これは一大事と居合わせた皆して大慌てになりましたが、傷自体はさほどの重傷でもなくて。ただ、本人はこんなくらいの傷、舐めときゃ治るとの無体を仰せだったのへ。自分のでこだぞ、舐められるもんなら舐めてみろとチョッパーせんせえが気丈にも言い返し。しぶしぶ手当てを受けてられましたと。
「一体どこで何があったやら。
何ひとつお話しにならないもんだから、
無茶を続けなさる恐れも大きいと、
チョッパーせんせえ、かなりのご立腹でしたよ。」
「……そか。」
どっちが“本題”だったやら。こちらのお話を聞いたのへは、何だか深刻そうに間をとった親分さんだったので。よっぽどご案じになっているのだなぁと、湯飲みを持ったまま、こちらからも見守る眼差しを保って差し上げたのだけれど。
「…………ってことは、だ 」
………………………はい?
な、何でしょうか、語尾に微妙なリズムがついていませんでしたかと。筆者と同じほど“あれれぇ?”と感じたらしきブルックさんが小首を傾げたそのついで、聞き耳を立ててみたところが、
「きっとチョッパーが“大怪我なんだから”って引き留めたんだろうから、
いつかの入院と同じ扱いになってんだろな。
渋々ながらの大事を取って休んでるんなら、
俺だってかんびょーは出来るから、
熱々のおじやを ふうふうしてやったりしてやろうvv」
おやおや。いつぞやにも大怪我なさって入院したというのは、やはりあの『刀と されこうべ』騒動のときのお話ですね。本人は平気だ大丈夫だと帰りたがったのを、チョッパーせんせえが“言うこと聞かないと泣くぞ”と引き留めての、数日ほど此処の療養棟に寝泊まりしたあのお坊様だったらしく。そしてそして……何ですと? あの入院のときにな そぉんなことがあったのですか? これは意外、つか…吹き飛ばしたおじやで却って火傷とかさせたんじゃなかろかと、いらんことばっかり考えてしまうのですけれど。(こらこら)
「………。////////」
場外からのちょっかいも聞こえないか、ほややんとその視線が宙を漂いかかってた親分さんだったが、
「いやあの、残念でしたねぇ。お坊さんはもう退院しちゃってますが。」
「え?」
チョッパーせんせえが引き留めたのごと、力任せにずりずりと引きずっての帰ってしまわれて。何刻か経ってから、大きな乗用カルガモにくくりつけられたせんせえだけが帰って来ましてね。
「いやもう、私 驚きましたよ。
この国にはあんな大きいカルガモがいるんですねぇ。」
そっちかい…というお約束はともかく。此処にいるらしいと思ってたお坊様がいないと聞いて、
「………そっかぁ。」
見るからにしょんぼりと肩を落とした小さな親分さんだったので、あわわっどうしましたかっ、私、何かいけないことを言ってしまったのでしょうかっ、ご案じなさらずとも、あのお坊様は元気になられたそうですよ、はい……と。必死になって宥める骸骨せんせえ、まだまだ微妙に、こちらさんたちの相関図が飲み込めてなかったりするらしいです。
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*暴れん坊だが腕は良い、そんな坊様に怪我させるとは、
一体どんな悶着だったんでしょうねぇ。
そしてそして…
きっとロビンさん辺りが、
親分さんに聞いたら容体が判ると思ったのにとかいう遠回しに、
ゾロが怪我をしたらしいこと、
こそり耳打ちしたに違いありません。(笑)
皆して甘いったら もうもうvv

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